ICTおばあちゃんの四方山話-第8話

朝ドラから思うあるある

次のリクルート紹介の前に、閑話休題です。読者の中にNHKの朝ドラ「虎に翼」を見ておられる方もいらっしゃるかと思います。筆者はコロナ禍から在宅勤務の日は、7:30から始まるBS放送を見て、そのあと散歩に行くことを日課としています。女性として初めて弁護士・判事・裁判所所長となった三淵嘉子さんをモデルとした朝ドラですが、時は1930年代、明治民法では、女性は結婚すると法律上無能力者とされ、一定の重要な法律行為をするには夫の許可を必要とするという時代です。今のDE&I(Diversity, Equity & Inclusion )を進める環境からは想像できませんが、筆者にとっては、「そうそう、あるあるだった」と思う場面が出てきます。

-トイレ問題

主人公は結婚したくなく、女子法学部に入学するのですが、女子トイレは、女子部法科と図書館にしかなく、休み時間に長蛇の列に並ぶか、尿意をこらえつつ図書館まで走るしかないのです。
筆者も思い返してみると、学部生時代はかつての男子トイレのドア表示を「女子」に書き換えただけのトイレが2Fの一か所しかなく、実験室から駆け上っていました。1学年電気・電子工学科約100人中1人の女子学生だったので、学生の長蛇の列はなかったのですが、2階は教授室で秘書さんたちとかち合うと、なかなかつらいものがありました。
今でも、仕事で本部棟に行くことがあるのですが、狭いのでトイレは最上階と地下階に1つずつしかなく、最上階で会議をしてトイレに行こうとすると、使用中であることが多いのです。エレベータは遅くてとても間に合いそうもないので、地下階まで駆け降りねばならずなかなか厄介です。
映画でもトイレ問題は題材になっていて、マーキュリー計画とアポロ計画のロケット弾道計算に貢献した女性数学者キャサリン・ジョンソンらの活躍を描いた映画「Hidden Figures」にこんなシーンがありました。彼女はアフリカ系アメリカ人で、彼女が働く宇宙特別研究本部には有色人種用のトイレがありません。仕方なく彼女は計算書を抱えたまま、高いヒールをカツカツと鳴らして、別の建物にあるトイレまで走るのです。
ちなみにジョンソン氏は、102歳まで生きられましたが、彼女はコンピュータが算出した軌道計算をチェックしていました。コンピュータのミスを検算していたのですからすごいですが、彼女がチェックした軌道ならすぐにでも行けるといわれたほどの正確さだったというのですから驚きです。
ということで、トイレ問題を描くことは、女性蔑視あるいはマイノリティ差別をわかりやすく描くための定番なのかもしれません。
一方でダイバシティ実践を示すものとしてもトイレ問題は扱われています。昨年ドイツのハンブルグで開催されたCHI*1 という国際会議では、ダイバシティ実践として、会議場所のトイレには男女の区別がない仕様となっていました。よくある質問の中にもすべての参加者が使えると示しています。

CHI2023 Accessibility FAQの一文
Q:What are the restroom facilities like?
(トイレの設備はどうなっていますか?)
A:Attendees will have access to all of the bathrooms in our area of the convention space. All restrooms are accessible.
(参加者は、会場エリア内のすべてのトイレをご利用いただけます。すべてのトイレが利用可能「だれでもトイレ」です。)
https://chi2023.acm.org/for-attendees/chi2023-accessibility-faq/より引用

CHIは2025年に横浜で開催されます*2。が、開催者は、All accessibleなトイレを実現するのは難しいと悩んでいました。

-結婚問題

朝ドラの主人公は師範を卒業したら結婚すべきと、卒業前から見合いを重ねますが、はきはきとものをいう姿勢が原因なのか、断られ続けています。とはいえ主人公の同級生を嫁として迎える母親は、娘に「結婚しなくちゃ」と言い続けます。そのようなときに、当時の明治民法では結婚すると女性の財産は結婚相手の男性が管理することになり、朝ドラの主人公は「結婚は罠だ」と憤り、法律を学ぶことを決意します。入学した大学でも彼女たち法科の女子学生は、廊下で出会う男子学生たちに「もう結婚できないよ」と揶揄されます。
筆者は大学時代に上記のように揶揄されたことはありませんが、振返ってみると似たような経験があります。学生時代にいくつか家庭教師のアルバイトをしていました。多くが中学受験をめざすお子さんでした。その一人の家庭教師を終えて帰るときに、お子さんから突然「先生は結婚するの?」と聞かれました。あまりに突然だったので、きょとんとしていたら、その子のお母さんが「先生は卒業したら結婚しないで、お仕事するのよ」と、助け舟(彼女は本当にそう思っていたと思うのです)がありました。その時の筆者の悩みは博士課程に進むか、就職するかであって、結婚など全く考えたことはないので、何も答えられずに終わりました。が、心の中では「そうか、結婚か仕事か、二者択一が常識なのね」と思ったのでした。
1979年東芝に就職し、研究所(部にあたる)新人の4人のうち、女性3人(2人は学部、筆者は修士)で男性が1人(修士)でした。後でわかったのですが、その同期の男性は、筆者が結婚、あるいは出産休暇になると、「矢沢さん(筆者の旧姓)は今度こそ退職するかな」と期待していたようです。当時女性は、結婚や出産で退職すると寿退社ということで、少ないながら満額の退職金がもらえたので、それを機に筆者がやめると期待したのでしょうが、申し訳ないのですが、定年まで居続けました。
今では、政府が働きやすさやウェルビーイング*3につながる重要な指標として、男性の育児休暇取得率を、女性管理職比率や男女間賃金格差と一緒に、3つの人的資本情報として、有価証券報告書に開示することが求められています。つまり、女性だけでなく、男性も育児に関わることが企業ブランディングや企業価値の評価向上につながるとの認識に変わってきています。
 また定年間近の出来事ですが、朝早く職場で電話をとると、工場の方からの電話で、「お尋ねのものは多分XX時ごろに出社すると思うので再度かけなおしてください」と応答しました。すると途端に相手の口調がため口になり、「庶務さん、朝早くから大変だね」とのこと。声が若いと勘違いされたのかもしれませんが、女性=庶務(アシスタント)というステレオタイプでの反応だったわけです。東芝では2004年から男女共同参画組織「きらめき推進室」を社長直下に設置し、多様性推進をしてきて先進的だと思っていたのですが、2014年でもまだまだ全社的にはマインドセットはできていなかったようです。
 結婚問題については、若い世代はかつての図1のような見合いを職場の上司から勧められることはなく、代わりにマッチングアプリで、結婚相手を探しています。筆者も知らないうちに見合いの話は来ていたようですが、母親が断っていたようです。一度も見合いをしたことがなかったので、結婚するつもりはなかったのですが、おいしいものを食べられる機会を1回失ったとちょっと残念でした。知人に頼まれ、その方のお嬢さんのお見合いのお手伝いを夫と一緒に2度ほどしたことがありますが、結局うまくいきませんでした。夫が「きっと決めている相手いるよ」と言っていましたが、1年後ぐらいに結婚されたので、夫の言が当たっていたようです。

図1 見合い風景(イラストやより)

リケ女は「結婚のための結婚」はしない、あるいは理屈ばかりで結婚が遠のくともいわれますが、筆者の経験では、同級生やその友人など多くの対象の中から選ぶことができるので、あまり問題がないように思います。また、文系理系に関わらず、上述したように男性の育児休暇取得も奨励されているので夫婦で仕事をしつつ大変な育児をこなすことで家族の絆は深まるのではないでしょうか?特に娘たち家族を含め、最近の子育て世代を見ていると、夫婦で協力していてうらやましいと感じます。

-多様性と同質性

朝ドラの女子法律学科の学生は、主人公のように師範学校卒業生、華族のお嬢さん、留学生、男装の女性と、非常に多様性があると感じました。
筆者が非常勤理事を務めている東北大は日本初の女子大生発祥の大学で、1913年から110周年を昨年迎えました*4。式典には佳子内親王にもご臨席いただきました*5
日本初の女子学生の一人、黒田チカは日本で2番目の女性理学博士となり、ケルセチン*6など天然色素の研究に成果をあげ、また丹下は当時男性でも異例であった日米両方で博士号を取得するなど、女性研究者のパイオニアとして活躍しました。彼女は東京女子高等師範学校の助教授を辞めて入学しています。牧田らくも東京高等師範学校の数学教師を辞めて入学しました。丹下ウメは日本女子大学の助手を辞めて入学しました。3人ともすでに社会人であったのです。
朝ドラが1930年代、日本初の女子大生が1913年で、当時は大学の新入生も。現在に比べると本当に多様であったと存じます。2024年現在、東北大では女性枠なしで女性比率が30%を達成したということで、意思決定に関与できる割合を達成できたことは非常によろこばしいと存じます。
ただ一方で、現在は、浪人などを含めても多くが高卒高校卒業から社会へ出ず大学入学し、年齢的な多様性はあまりないようです。海外では高校卒業後、就職して学費をためて大学進学するケースも多数あり、それに比較すると日本は人種も年齢も同質になっていると感じます。
先日、仕事の関係で、工場などの女性活躍について、男女の役職者と対話会をしたときに、男性管理者から「ここの職場では男女を意識することはないが、逆に言うと、同質化が進んでしまっていないかが気になる」という指摘をいただきました。男女を区別することなくリーダー育成し、同質化させず個性を生かしてイノベーションを起こし続けることをめざし続けないとならないと感じています。

*1: https://chi2023.acm.org/for-attendees/chi2023-accessibility-faq/
*2: https://chi2025.acm.org/
*3:ウェルビーイング(Well-being)は、well(よい)とbeing(状態)からなる言葉。
世界保健機関(WHO)では、ウェルビーイングのことを個人や社会のよい状態。健康と同じように日常生活の一要素であり、社会的、経済的、環境的な状況によって決定される(翻訳)と紹介しています。
*4: https://www.tohoku.ac.jp/tohokuuni_women/chapter1/biography.html
*5: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230930/k10014211901000.html
*6:ケルセチンはフラボノイド、ポリフェノールの一種で、主にタマネギなどの野菜に多く含まれている成分。血流を改善する効果や動脈硬化を予防する効果などで知られてる。

(2024年4月)


筆者紹介
土井 美和子氏

国立研究開発法人情報通信研究機構 監事(非常勤)
東北大学 理事(非常勤)
奈良先端科学技術大学院大学 理事(非常勤)
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 取締役(社外)
株式会社SUBARU 取締役(社外)
日本特殊陶業株式会社 取締役(社外)

1979年東京大学工学系修士修了。同年東京芝浦電気株式会社(現㈱東芝)総合研究所(現研究開発センター)入社。博士(工学)(東京大学)。以来、東芝にて35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、ジェスチャインタフェース、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。