ICTおばあちゃんの四方山話-第5話

能登半島地震、羽田空港事故と運輸安全委員会

元旦に発生した令和6年能登半島地震で亡くなられた皆様への哀悼の意を表すとともに、被災された皆様、避難中の皆様のご苦労を心配しております。2004年新潟県中越地震では筆者の叔父が避難所にて死亡し、2016年の熊本地震で次女家族や義妹家族などが被災しましたので、関係者の皆様のご心痛をお察しします。
また今回の地震では、不運なことに、能登地震支援物資搬出で離陸予定だった海上保安庁機と着陸の日本航空機との衝突事故が起こりました。この結果、7日まで滑走路が閉鎖され、多くの方に支障があったと存じます。
この事故に限らず、航空や船舶、鉄道などの事故時に原因を調査し対策を報告するのが国土交通省の運輸安全委員会です。筆者は運輸安全委員会の非常勤委員を務めたことがあり、今回はトピックを変更して、運輸安全委員会とその下にある鉄道部会について、地震に関わる事例や事故調査結果のフィードバックなど、わずかながらではありますが、その経験を紹介します。

-運輸安全委員会とは何か

運輸安全委員会は、2008年JR西日本の福知山線事故を契機として、それまで海南審判庁(1949年発足)、航空事故調査委員会(1971年発足)、航空・鉄道事故調査委員会(2001年発足)と個別に存在したものを統合して発足しました*1。現在では、運輸安全委員会のもとに、航空部会、船舶部会、鉄道部会と3つの部会が存在します。筆者はヒューマンインタフェースの専門家として、2016年12月から3年間、鉄道部会に所属する非常勤委員でした。

-具体的に何をするのか?

「運輸安全委員会の役目は事故等の調査です。事故等の調査では、事実調査を行い、必要な試験研究も行い、その結果を総合的に解析し、運輸安全委員会の審議を経て原因を解明し、報告書を国土交通大臣に提出します」と書くと簡単そうですが、一口に調査と言ってもなかなか時間がかかるものです。
実施に筆者が携わった鉄道部会の範囲内ではありますが、例えば、熊本地震時の九州新幹線脱線事故は、2016年4月14発生に始まり、報告書提出は2017年11月30日で、ほぼ1年半以上かかっています*2。報告書公表までは時間がかかるので、途中で経過報告を行います。また、今回の衝突事故では航空の安全・安心に関わることなので、国土交通省航空局より緊急対策が発表されています。
どのような事故を取り上げ、どのように調査するかは運輸安全委員会調査の流れ(鉄道)*2にあります。対象となる事故は

  1. 列車(車両)衝突事故
  2. 列車(車両)脱線事故(作業中の除雪車を除くもの)
  3. 列車(車両)火災事
  4. その他の事故(乗客、乗務員等の死亡、5人以上の死傷(死亡者の生じたものに限る)、鉄道係員の取り扱い誤りまたは車両もしくは鉄道施設の故障、損傷、破壊等に原因があると認められるものであって、死亡者を生じたもの、踏切遮断機が設置されていない踏切道において発生したものであって、死亡者を生じたもの、特に異例のものに限る)
  5. 重大インシデント(事故が発生するおそれがあると認められる)

です。
鉄道事故等の連絡があると、運輸安全委員会鉄道部会で上記の5項目に当てはまれば、主管調査官と調査官を指名し、現地に派遣し、警察関係機関との調整等を行い、調査を開始します。調査官らにより、関係者への調査や車両損傷などの調査、試験研究や解析などが行われ、報告書が作成されます。その報告書を鉄道部会で審議し、原因関係者からの意見聴取を行い、鉄道部会そして運輸安全委員会で審議・議決され、国土交通大臣へ提出され、公表されます。
鉄道部会や運輸安全委員会で審議というところで、委員である筆者は報告書を読み、非専門家にも理解できる内容にするために不明点など調査官らに質問して明らかにしていくのが仕事です。
筆者が委員であったときに一番多かったのが、(4)の踏切道における死亡事故でした。被害者が近づく列車に気づかず踏切道にいる、という列車のドライブレコーダーの映像も部会審議で多数目にしました。
地元の関係者の賛成が得られず封鎖できないでいた踏切が、死亡事故後、封鎖されたという事例もありました。

-熊本地震時の九州新幹線脱線事故

筆者が関わった調査の中で、地震に関わるものは、最初に遭遇した重大インシデントである九州新幹線脱線事故です。6両編成の回送列車が熊本地震の影響で、6両すべてが脱線しました*3(図1)。運転士のみの乗車であったので、死傷者なしであったのは不幸中の幸いでした。
九州新幹線脱線事故の場合は、調査官の他に、地震時の事故であったので地震の専門家、脱線が高架橋上であったので構造物の専門家・車両の専門家も調査に加わっていました。さらに地震時の車両の動きのシミュレーション解析は、公益財団法人鉄道総合技術研究所に委託されていました。
筆者は委員就任時に鉄道用語事典を頂いていました。報告書を読むのに、この鉄道用語事典を引きながら実物の確認のためにWeb検索するなど、本当に時間がかかりました。さらに九州新幹線脱線事故の報告書には車両、地震、構造物と全く異なる専門用語が満載で、鉄道用語事典だけではとても足りませんでした。その上報告書の書き方も独特で、慣れるまでなかなか苦労しました。
論文や特許と同様、図をみたら理解が進むのではないかと思い、報告書にたくさんある図を見ました。しかしこれが曲者で、いきなり「ラーメン橋」と出てきてびっくり仰天です。食べる麺のラーメンしか思いつきません。調べると、ドイツ語の「Rahmen」が語源で橋の桁と足が一体化して門のような形状になっており、耐震性が高いので地震王国の日本ではよく使われているとのことです。

*3より引用 
輪軸は車輪をつなぐもので、赤色が脱線しているので脱線軸、黒色はレールの上に載っているので載線軸と呼ばれている。脱線軸(赤色)が、6両すべてに存在しているので、6両全部が脱線していることがわかる。

報告書の最後には再発防止策の章があります。そこには、事故が起きた九州旅客鉄道株式会社が脱線防止ガードを設置し、脱線防止ストッパを施したこと、さらにその内容を国土交通省が新幹線脱線協議会を開催し、他の新幹線運行会社と共有したことなど、事故後に講じた措置も記述されています。今回の能登半島地震では、新幹線脱線事故は起こっていないようなので、熊本地震の教訓が生かされたのではないかと推測しています。

写真1 現場調査時の九州新幹線の写真
*3より引用
中図の中央の丸印はパンタグラフが脱線により外れている個所を示している。それを拡大しものが右図で、パンタグラフの部品(ホーンと舟体)が架線の上部に外れた状態で乗っかっていることがわかる。

-工事作業中の区間への列車走行

ニューヨークでは1月4日にホームに停車中の地下鉄列車に後ろから来た別の列車が衝突するという事故がありました。昨年3月にはギリシャで旅客列車と貨物列車が正面衝突し、死者の出る事故もありました。が、幸いなことには日本では最近列車同士の衝突事故は発生していません。
在任中に扱った事故の中で、2016年7月に起こった工事作業中の区間に列車が走行した鉄道重大インシデント事故*4について紹介します。
この事故は「京成電鉄株式会社本線京成臼井駅~京成佐倉駅間工事違反、鉄道事故報告書」*4の報告書P6にあるように、「列車の運転を停止して行うべき工事の作業において、京成佐倉駅行の最終列車である大2373K列車の京成佐倉駅への到着が確認されないまま線路閉鎖工事の着手が承認されたため、着手承認後の線路閉鎖区間に大2373K列車が侵入したことにより発生したものと推定され」ます。
これは京成鉄道が「着手承認の際には、線路閉鎖区間に列車等がないことを確認することのみをもって、その区間に列車等を侵入させない措置としたことが背景にあった可能性があると考えられる」とのことです。 幸い、工事責任者が列車走行に気づき作業員は停止し、非常ブレーキが間に合い、死傷者はいませんでした。
「線路閉鎖は、関係する駅長等が相互に打ち合わせて行われるという基準が順守されていない状態となっていたことが関与していたと考えられる」とのことです。「規則通りの運用が行われていなかった」とよくある事例と言ってしまえばそれまでですが、一つ間違うと、人命にかかわるので、重大インシデント事故として取り上げられました。
京成鉄道は事故後、再発防止策や教育を行い、その後現在までは同様の事故は発生していません。羽田空港事故は現在調査中であり、原因が解明され、再発対策が講じられることが待たれます。

-国の委員の兼務は3つまで

運輸委員会委員には、大学の電気工学科の恩師が推薦してくださったそうで、専門のヒューマンインタフェースの知識も生かせるのではないかと思い、委員をお引き受けしようと思ったのですが、そう簡単な話ではありませんでした。
運輸委員会の委員は常勤委員と非常勤委員とがありますが、その任命は国会同意人事となっています。他の国の委員との兼務は合わせて3つまでということでしたが、当時私が常勤で務めていたのは、総務省独法評価制度委員会の委員と文部科学省科学技術・学術審議会委員の2つだけだったので、大丈夫と思っていました。しかし、非常勤で今でも務めている国立研究開発法人情報通信研究機構監事も含めてカウントするので、どれか一つ「理由は言わずに」辞めるようにと、後日内閣府から指示がありました。
運輸安全委員会は1期3年、3期で9年間と言われたこともあり、他の3つのうちどれをやめるか、大変悩みました。で申し訳ないのですが、文部科学省の委員を辞め、代わりに臨時委員とならせて頂きました。当時は理由を言えずに、文部科学省にはご迷惑をおかけしました。
ところが3年後、常勤の委員長と委員が新しくなり、年齢が60歳ということで、今度は内閣府から高齢者ばかりで困ると指摘があったということで、急に国土交通省に呼び出され、65歳であった小職は、当初の約束と違い、わずか1期でやめることになりました。ですので、文部科学省科学技術・学術審議会を続けさせてもらえた方がよかったとちょっと悔やんでいます。
周囲に「理由は言えないがやめさせてほしい」と急に言い出す方がいたときには、筆者のような言うに言えない事例もあることを思い出してもらえるとありがたいです。

P. S.

本コラムは、ウエストバージニア州のチャールストン、アトランタとサンパウロを訪問する出張中に執筆しました。アトランタ空港のラウンジで乗り換えなどのため、12時間近い時間がありましたが、執筆作業のおかげで有効に時間をつぶせました。

*1:運輸安全委員会の沿革、https://www.mlit.go.jp/jtsb/enkaku.html
*2: 運輸安全委員会調査の流れ(鉄道)事故等の発生
https://www.mlit.go.jp/jtsb/jikorail.html#:~:text=%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%E3%81%AE%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%AF%BE%E8%B1%A1,%E5%8E%9F%E5%9B%A0%E3%81%8C%E3%182%E3%82%8B%E3%81%8A%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%8C
*3:九州旅客鉄道株式会社九州新幹線熊本駅~熊本総合車両所間列車脱線事故、鉄道事故報告書RA2017-8、pp5-82、2017年11月30日。
*4:京成電鉄株式会社本線京成臼井駅~京成佐倉駅間工事違反、鉄道事故報告書RI2017-1 、pp1-61、2017年5月25日。

(2024年1月)


筆者紹介
土井 美和子氏

国立研究開発法人情報通信研究機構 監事(非常勤)
東北大学 理事(非常勤)
奈良先端科学技術大学院大学 理事(非常勤)
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 取締役(社外)
株式会社SUBARU 取締役(社外)
日本特殊陶業株式会社 取締役(社外)

1979年東京大学工学系修士修了。同年東京芝浦電気株式会社(現㈱東芝)総合研究所(現研究開発センター)入社。博士(工学)(東京大学)。以来、東芝にて35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、ジェスチャインタフェース、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。