日常に潜む情報通信技術の罠 -似ているけど違っているKYとKYT、KYC、eKYC-

今月はまた似ているけど違っているに戻ります。取り上げるのは、いきなりですが、KYとKYT、KYCです。KYって「ケンタッキー州でしょ、それにTやCがついてどうなるの?」という突っ込みが入りそうですが、早速、始めたく存じます。

KY(Kuuki Yomenai)

最近はあまり聞かないのですが、シニア世代ならKYは「空気読めない」と躊躇なくおっしゃるかと思います。いまから15年ほど前にはTV放送などでもよく使われていました。その出自は、実はネットで、最初の意味は「空気を読め」という命令語であったようですが、メディアに登場するときに、「空気読めない」と変化したようです。

ChatGPTに「空気読めないを英語にしたら?」
と聞いたら「『空気読めない』を英語にすると、「unable to read the room」となります。」
との回答でした。これは筆者の感覚と違ったので、Google翻訳で調べ直すと、“Unable to read the mood”でした。

筆者の所属する情報通信研究機構の音声翻訳VoiceTraで試すと、”I can’t read the mood.”
ということでGoogle翻訳に近いですが、きちんと文章になるところに生真面目さを感じます(図1)。

いろいろ聞いてみると他にも
“Unable to read the situation”
“Unable to read between the lines”
“Unable to feel out the situation”
“Unable to go with the flow”
などがありました。読者の感覚に近いのはどれでしょうか?
いずれにしてもKY(空気読めない)というローマ字略語がネット発というのが、筆者にとっては衝撃で、情報の罠でした。

図1 VoiceTraのスクリーンショット

KYT(Kiken Yochi)

またネットで「KY」を検索すると、厚生労働省のKY活動*1がヒットします。KYは「危険予知」です。危険予知訓練がKYT(K危険、Y予知、Tトレーニング)です。これを見て、前職で毎年受けていた安全衛生のeLearningを思い出しました。KYTはチームで行い、作業や職場に潜在する危険要因を発見し解決する能力を高める手法なので、前節の「KY(空気読めない)」では実現できないですね。
KYTで検討された結果はそれぞれの作業や職場での改善として生かされてきましたが、自動車では安全確保のための機能として、先進運転システム(ADAS: Advanced Driver Assistance System)や自動運転として実装されてきています。前方の車や人などに近づくと警報音が鳴る前方衝突警報(FCW: Forward Collision Warning)や、近づきすぎるとブレーキがかかる衝突被害軽減制動制御装置(Advanced Emergency Braking System)などです。渋滞中に前進するたびに警報音がなる、あるいは駐車場を出るときにいきなりブレーキがかかると、若干不便と感じている方もおられるかもしれませんが、大事な「KY(危険予知)」ですので、留意し続けることが重要と考えます。

KYC(Know You Customer)、eKYC

KYCは「顧客を知る」の略称で、本人確認手続きのことです。これまで、KYCは銀行口座開設やクレジットカード作成時などに主として行われてきました。まさに、「口座開設者は本当に本人が知りたい」(Know Your Customer)であり、運転免許証や保険証、最近ではマイナンバーの提示を求めるものでした。しかし、今では、銀行もオンライン化し、新型コロナワクチンの接種証明書アプリや、入国手続きオンラインサービス(Visit Japan Web)などの公的なアプリや、マッチングアプリなどが当たり前になり、同じKYCでもデジタルのKYC(eKYC)が不可欠となってきています。
新型コロナワクチン接種証明アプリを使われたことがある方は、国内分と海外分の登録の違いに戸惑われたことがあるかもしれません。
海外分は本人確認にパスポートを使います。パスポートの顔写真があるページにスマホのカメラを合わせ10秒ぐらい静止します。筆者はこれがうまくできず何度もやり直しをしましたが、本人確認情報が取得できると、次の登録作業に進めます。カメラでのスキャンさえできればよいので、生年月日やパスポートの番号など面倒な入力は不要なのでありがたいです。
国内分はもっと簡単です。マイナンバーカードの上にスマホを置くだけで、マイナンバーカードに埋め込まれたICチップの情報を読み出すだけなので、海外分の登録よりさらに簡単です。実はこの手続きは、図2に示すように警察庁「平成30年改正犯罪収益移転防止法施行規則の犯収法施行規則6条1項1号ヘの方法(顧客等から、特定事業者が提供するソフトウェアを使用して、本人確認用画像情報の送信を受けるとともに、当該顧客の写真付き本人確認書類に組み込まれた半導体集積回路に記録された当該情報の送信を受ける方法)に定められたものでした。「写真付き本人確認書類に組み込まれた半導体・集積回路」というのが、マイナンバーカードのICチップにあたります。

図2 犯収法施行規則6条1項1号ヘの方法
出典:警察庁「平成30年改正犯罪収益移転防止法施行規則(平成30年11月30日公布)に関する資料」

マイナンバーカードとスマホがあれば、簡単かつ安全に本人認証が手軽にできるというのは、情報の罠ではなく、情報のご利益ですね。振込め詐欺の相手の本人認証が簡単にできると、自分の子供や孫でないことが一目瞭然で分かるのでよいかと思うのですが、詐欺師は「大事なマイナンバーカードをなくして、拾い手に20万円のお礼を払わないといけない」などとさらに悪知恵を働かせるのでしょうか?
今回のコラムは「KY(空気読めない)だったね」と再度突っ込まれそうですが、お後がよろしいようで、この辺で終わりとさせていただきます。

(2023年4月)

*1 KY活動 :
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11300000-Roudoukijunkyokuanzeneiseibu/0000075092.pdf


筆者紹介
土井 美和子氏

国立研究開発法人情報通信研究機構 監事(非常勤)
東北大学 理事(非常勤)
奈良先端科学技術大学院大学 理事(非常勤)
株式会社三越伊勢丹ホールディングス 取締役(社外)
株式会社SUBARU 取締役(社外)
日本特殊陶業株式会社 取締役(社外)

1979年東京大学工学系修士修了。博士(学術)。同年東京芝浦電気株式会社(現㈱東芝)総合研究所(現研究開発センター)入社。博士(工学)(東京大学)。以来、東芝にて35年以上にわたり、「ヒューマンインタフェース」を専門分野とし、日本語ワープロ、機械翻訳、電子出版、CG、VR、ジェスチャインタフェース、道案内サービス、ウェアラブルコンピュータ、ネットワークロボットの研究開発に従事。